沖縄本島から30分で行ける津堅島

沖縄県うるま市に属する離島「津堅島」へ行ってきた。
今回の旅は、車両ごとフェリーで津堅島へ向かった。
島たびは、マリンレジャーではなく、日帰りで津堅島あるきをすることが目的なので、移動手段として車を利用している。
これから津堅島を訪れる予定のある人は、参考にどうぞ。

沖縄県うるま市に属する離島「津堅島」へ行ってきた。
今回の旅は、車両ごとフェリーで津堅島へ向かった。
島たびは、マリンレジャーではなく、日帰りで津堅島あるきをすることが目的なので、移動手段として車を利用している。
これから津堅島を訪れる予定のある人は、参考にどうぞ。

沖縄本島から1時間以内で行ける離島「津堅島」へ行ってきた。
津堅島は、周囲約7.0kmの小さな島で、うるま市の勝連半島にある「平敷屋港」から海をわたって上陸する。
小さな島なのでお店は少ないが、食事ができるところはあり、そのうちのひとつ、「津堅みやらび」へ行ってみた。

沖縄の自然は力強い。
頻繁に草刈りをしても雑草はすぐに伸びるし、植物の生長は旺盛で、放置しておくとあっという間に雑木林ができあがる。
そして植物に負けず、動物や昆虫たちの活動も活発で、ヤンバルには沖縄固有種の宝庫になっている。
生命のあふれる島だが、なかには危険な生物も存在するので、予備知識はあったほうがいい。
ここでは「沖縄の危険生物」を紹介するので、旅先での危険回避の参考にしてもらいたい。
~琉球おきなわ民俗(わが家での場合)~
「沖縄の人は、幽霊や妖怪など不思議なことに対して他県より興味をもっている人が多い」
「幽霊がいるって信じている人が多い」
「聖地とか多くて、信仰している人がたくさんいる」
――など、言われたことがある。
沖縄で生活していると「日常」なので気づかないが、そう話す人もいるから、他県とは違うのかもしれない。
そこから沖縄の文化に興味を持ち始めて、「霊魂」に関する記事を書いてみた。
沖縄では、人は肉体と魂の二つから成っているという考えがある。
「魂」というと、とらえにくい感じがするが、肉体と精神(または思考)に置き換えれば、わかりやすいかもしれない。
ここまでは「ほかでも聞いたことがある話だな」となるが、沖縄独特と思えるのは、ここから先の考え方だ。
まず、人が生活するには、身体と魂が一緒に行動している状態を健全としている。
ところが、魂というのは驚いたときや精神的なショックを受けたときに、身体を離れてしまうことがあるというのだ。
通常だと、身体から離れた魂は自力で戻ってくるので、再び肉体と一緒に行動するようになり、元の状態へ戻るから過剰に心配することはない。
しかし例外もあって、魂が自力で戻るのが難しかったりすると、魂が身体から離れたままの状態になってしまうことがある。
では、魂が不完全のままだとどうなるのかというと、体調を崩してしまったり、病気になってしまったり。ぼんやりとして心ここにあらずといった状態になったりする。
この魂が身体にちゃんと戻っていない状態を、沖縄では「マブイ(=魂)を落としている」といって、人にはよくない状況としている。
そのため、健全な状態に戻すため「マブイグミ」といって、戻ってこない魂を元の身体へ戻す呪術を行ない、身体と魂を一緒にして、本来の形に戻すようにする、ということが今でも行われている。
とくに子どもはマブイを落としやすいため、家族は子どもの様子に変わったことはないかと日頃から注意している。
このような考えが日常にあり、ほかの家庭でも同じことを聞いたことがあるので、沖縄では一般的なことと思ってもいいようだ。
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沖縄のマブイに対する考え方が気になって、沖縄の民俗について書いてある古い本も調べてみた。
すると、古い民俗関連の本のなかにも、同じようなことが書かれていて、むかしも今も沖縄の人たちの霊魂(=マブイ)に対する考え方は変わってないことがわかった。
沖縄にはマブイに関する伝承はいろいろあるので、少しずつ記事にしていく予定だ。
マブイ…魂または霊魂。
~琉球おきなわ民俗(わが家での場合)~
沖縄の「ユタ」のことを知っている人は多い。
ユタのことを知った経緯はさまざまだと思うが、以前、全国的に占いが流行っていた時期があり、テレビで特集された番組があった。
そのときに、出演していた占い師のなかに、沖縄出身のユタの方が数名いたりしたので、「ユタ」が有名になったキッカケはテレビ番組の影響が大きいと思う。
その一方で、「ノロ」を知っている人は少ないのではないだろうか。
そこで、琉球時代に祭祀を司り、畏敬されたノロについて紹介していく。

※ イラスト内の画像「国立国会図書館ウェブサイト」より。
「ノロ」は、琉球王朝時代に王府から任命された神女。
ノロの呼び方・書き方はいろいろあるようで、「ノロ」「神人(=カミンチュ)」「祝女」「奴留」と書かれている書物もあった。
歴史の流れからみると、沖縄ではもともと女性が祭祀ごとを主宰している。
「琉球神話」によると、女性は男兄弟を守る神で、強い力(霊力)を持っていると考えられていて、政治は男性、祭祀は女性と役割分担していた。
これが琉球時代になると、王府が組織化を行なって、村(間切りなどの行政単位)の祭祀を行う者、つまり「ノロ」を任命するという形になった。
神職の組織は「聞得大君」をトップとしたもので、その下にたくさんのノロがいたという。
ノロは、王府から辞令を受けた地へ行き、その地の祭祀を主宰した(辞令地はノロの生まれた村だという)。
琉球王府が終了し、沖縄県となっている現在、ノロは公職ではないが、いまでもノロが祭祀を主宰している地域もあり、伝統が続いているところもある。