沖縄で最大最古といわれている石獅子(八重瀬町)

富盛の石彫大獅子

富盛の石彫大獅子
富盛の石彫大獅子(八重瀬町)

富盛の石彫大獅子は、ほかの市町村からも知られている村落獅子だ。

伝説によると、富盛の石獅子の近くにある八重瀬岳(今の八重瀬公園あたり)は、強い力がある場所といわれていて、その力のせいで富盛のムラは、たびたび火災が発生したという。

その厄除け獅子として造られたのが富盛の石彫大獅子で、石獅子を置いたところ、火災が止んだということから、ほかの市町村へも厄除け用の石獅子づくりが広がっていったとのことだ。

八重瀬岳をにらむ富盛の石彫大獅子

富盛の石彫大獅子
富盛の石彫大獅子

富盛の石獅子は、ムラに厄災が来ないよう八重瀬岳をにらみつけるように鎮座している。

この八重瀬岳は、とても強い力を持っているらしく、八重瀬町にいる石獅子や、周辺の市町村にある石獅子たちのなかには、八重瀬岳に向けて置かれている個体があったりするくらいだ。

富盛の石彫大獅子の説明板

富盛の石彫大獅子
富盛の石彫大獅子(沖縄県八重瀬町)

八重瀬町にある富盛の石彫大獅子は、沖縄県の有形民俗文化財に指定されている貴重な史跡で、勢理城に設置されている。

勢理城は定期的に整備しているようできれいだった。

入口から階段をのぼってすぐ右側に石獅子はいるが、「県内最大」と知っていても実際に見てみるとかなり大きくて驚いた。

それに、石獅子は丁寧に造られていて、威厳のある表情に見惚れてしまった。

獅子の近くには説明板があり、次のように書かれていた。

富盛の石彫大獅子

県指定有形民俗文化財/昭和49年12月2日指定
高さ 141.2cm/全長 175.8cm

この獅子は火除け(火返し)として尚貞王21年(1689)に設置されたもので、フィーザン(火山)といわれる八重瀬嶽に向って蹲踞している。この獅子が設置される以前は、富盛村では火災が多く、村人はことごとく困ったということが「球陽」尚貞21年の項にくわしく記されている。今日でも、旧暦10月1日(竃のお願)<防火儀礼>の行事にこの獅子を拝んでいる。戦前までは、旧暦9月9日(タントゥイ棒)のときに、村の青年たちはこのジリグスクに集まり棒踊りを演じた。
沖縄各地にある、村落祭祀上の目的でつくられた獅子のなかでも、最大最古のもので、民俗資料として貴重なものである。

昭和62年12月10日
沖縄県教育委員会/東風平町教育委員会

【こぼれ話】富盛の石彫大獅子についての情報

八重瀬町が合併する前は、東風平町と具志頭村だった。

その当時、東風平町に民俗資料館があったが、訪れたときにもらった資料には、次のようなことが書かれていた。

富盛の石獅子は東風平町富盛の勢理城にある。
火除け(火返し)として、尚貞王21(1689)年に設置されたもので、フィーザン(火山)といわれる八重瀬嶽に向かって蹲踞している。
高さ141.2cm、全長175.8cmもある石像の大獅子で、今次大戦の戦禍をくぐりぬけ、その偉容を保っている。
この獅子が設置される以前は、富盛村では火災が多く村民はことごとく困っていたということが『球陽』尚貞21年の条にくわしく記されている。
その内容は、東風平郡富盛村にたびたび火事がおこるので、村人が心配し、久米村の蔡応端(太田親雲上)に頼んで村の風水(地理)を見てもらうと、「八重瀬嶽に火の性がある。早く獅子の形を作って八重瀬嶽に向けて立てよ」と教えた。
村人は早速獅子を作って勢理城におき、八重瀬嶽に向けた。それからは火事が起こらなくなったという。
沖縄の各地には、この獅子と同じ目的で作られた獅子も多いが、その中でも最大最古のものであり、民俗資料として貴重なものである。
戦前までは、旧暦9月9日のタントゥイ棒の時に、村の青年たちはこの勢理城に集まりタントゥイ棒を奉納したといわれている。また、今日でも旧暦10月1日にカマのお願の行事に、この獅子を拝むという。その時は、ノロを先頭に役人が祈願後、役人は六尺ぐらいの竹を束ねて各戸を廻り、「サリーサリー、ユーカン、ヒーマーチ、ウミチラミラショーリ」と呼びかけ、台所の整理が行き届かぬ家庭の主婦は、竹で尻を叩いた。
(東風平の民俗資料館でもらった資料 より)

『球陽』巻八 尚貞王21年
初めて獅子形を建て、八重嶽に向け以て火災を防ぐ。東風平郡富盛村は、屡火災遭ひ房室を焼失し、民其の憂に堪へず是に由り」村人、蔡応端(唐栄の太田親雲上)に請乞して其の風水を見せしむる。応端、遍く地理を相し、之れに嘱して曰く。我、彼の八重瀬嶽に向くれば、以て其災を防ぐべしと。村人皆其令に従ひ、獅子石像を勢理城へ蹲座せしめ、以て八重瀬に向く。果たして火災の憂を免るるを得たり。
(東風平の民俗資料館でもらった資料 より)

沖縄戦の写真にも登場する石獅子

富盛の石彫大獅子
戦時中の富盛の石彫大獅子

沖縄は地上戦があり、悲しい過去をもつ島でもある。

その記録がわかりやすい形で残っているのが、戦時中の富盛の石彫大獅子の写真だ。

写真の獅子の体には弾痕がついているが、それは現在でも確認することができる。

富盛の石彫大獅子近くにある駐車場

富盛の石彫大獅子
富盛の石彫大獅子(沖縄県八重瀬町)

以前はなかったが、現在は勢理城の手前に舗装された駐車場が用意されていて、数台分のスペースがあった。

【おまけ】富盛の石彫大獅子のミニサイズ

富盛の石彫大獅子
バス停にあった富盛の石彫大獅子のミニサイズ

バス停で獅子を小さくしたミニ石獅子を見つけた。


沖縄県の市町村には、厄除けとして村落獅子があちこちにいる。

石獅子たちは、1体1体の表情が異なり、それぞれエピソードを持っていて、とてもユニークな存在だ。

ガイドブックなどで紹介している市町村もあるので、興味がある人は、石獅子たちを探してみるといいかもしれない。

八重瀬町の観光ガイドブック

八重瀬町観光ガイドブック
八重瀬町観光ガイドブック

八重瀬町のガイドブックには、町内にいる石獅子を紹介しているページがある。

富盛の石獅子の説明などがあり、となりのページでほかの石獅子たちを紹介していた。

「まちなかシーサー」として、所在地がガイドブックの地図に掲載されているから探しやすい。

富盛の石彫大獅子周辺のMAP

富盛の石獅子は勢理城にいるが、案内標識がところどころにあるので、比較的探しやすい。

富盛の石彫大獅子(所在地 八重瀬町東風平富盛島ヌ前原21)

■富盛の石彫大獅子までの距離(車の場合)
・八重瀬町役場…約 3.95km(07分)
・那覇空港…約 18.1km(31分)
・沖縄県庁…約 13.9km(25分)

観光情報についての参考サイト

やえせ観光サイト
八重瀬町の観光サイト

八重瀬町
公式サイト