【世界遺産】座喜味城跡(読谷村)

周囲の松林も見ごたえがある座喜味城跡

座喜味城跡
座喜味城跡(沖縄県読谷村)

座喜味城跡ざきみじょうあとはドライブがてら気軽に訪れていた身近なグスクだったので世界遺産に登録されたときは少し驚いたが、有名な史跡なので選定は当然だと思った。

座喜味城跡はむかしから公園のように整備されていて、駐車場もあるため利用しやすい。

グスクは無料で入城できるので、近くを訪れることがあるなら足をのばして寄ってみるといいかも。

座喜味城跡のようす

座喜味城跡
座喜味城跡(沖縄県中頭郡読谷村)

座喜味城跡はグスク自体もいいが周囲の景観もいい。

駐車場からグスクへ向かうまでの間に松林があるが、そこの並木道は歩いていると気持ちがいい。

日差しをさえぎる木陰をつくってくれるので休憩にも最適だ。

座喜味城跡
世界遺産 座喜味城跡(沖縄県読谷村)

近づくにしたがって城壁が見え、グスクの大きさがわかってくる。

青空と城壁はコントラストがいいので撮影スポットになっているようだった。

座喜味城跡
座喜味城跡(沖縄県中頭郡読谷村)

沖縄にあるグスクは基本的に建物がないのがふつうだ。

座喜味城跡も建物などはないので、建築物が見たくて訪れる人には少し物足りないかもしれない。

しかし積み上げられた城壁は見事なもので形状が美しい。

座喜味城跡
座喜味城跡(沖縄県読谷村)

座喜味城跡は護佐丸が築城したといわれている。

護佐丸は琉球の歴史に登場する人物で、琉球王府とも関わりがあり、政治の分野でその名は知られている。

それだけではなく、名築城家だったようで世界遺産となっている座喜味城跡と中城城跡は護佐丸が築城している。

とくにアーチ門が美しくてほれぼれしてしまう。

護佐丸が築城したといわれる中城城跡

中城城跡
世界遺産 中城城跡(沖縄県中城村)
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座喜味城跡からの眺め

座喜味城跡
座喜味城跡(沖縄県読谷村)

敵襲に備えるためとかいろんな目的があると思うが、グスクは高台に造られることが多い。

座喜味城跡も眺めはサイコーで遠くまで見渡すことができる。

座喜味城跡
座喜味城跡(沖縄県中頭郡読谷村)

グスクは眺めがいいが、「いっちぇ~ならんど~」(=行ったらダメだよ)って場所もあるようなので、そこは注意しよう。

またグスク内には日差しを遮るものがないから、日焼け対策と熱中症対策はしておいたほうがいい。

『続日本100名城』座喜味城

座喜味城跡
世界遺産 座喜味城跡(沖縄県読谷村)

座喜味城跡の基本情報(2018年)
・入城…無料

座喜味城跡は世界遺産に登録されているだけではなく、『続日本100名城』に選ばれている。

ほかに『日本100名城』に今帰仁城跡・中城城跡・首里城、『続日本100名城』に勝連城跡が選ばれていて、世界遺産に登録されているグスクはすべて100名城にも選ばれている。

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座喜味城跡
座喜味城跡(沖縄県中頭郡読谷村)

座喜味城跡には説明板があり、次のように紹介していた。

座喜味城跡 国指定遺跡/1972年5月15日国指定

座喜味城は、15世紀の初頭築城家としても名高い護佐丸によって築かれたといわれる。護佐丸は当初、座喜味の北東約4kmにある山田グスクに居城していたが、1416年(1422年の説もあり)中山尚巴志の北山城攻略に参戦、北山攻略後は戦後処理のため一時北山城にとどまったといわれ、その間に座喜味の地へ築城を開始したという。城跡は座喜味部落北側の小高い丘、標高120m余の名護層からなる台地を石灰岩の切石積で取り囲んで築かれており、城は2つの郭からなる連郭式の形態になっている。城郭内の面積は約4012.51㎡で、沖縄のグスクとしては中規模である。
この城には一の郭と二の郭にアーチの門がそれぞれ一つずつ造られているが、アーチ石のかみ合う部分、門の表と裏両面にクサビ石がはめられており、他のグスク等には類例がみられない。このことから座喜味城のアーチ石門が現存するアーチの沖縄で最古のものと見られている。
座喜味城跡は1972年の本土復帰に伴って国の史跡に指定され翌年の10月から沖縄県ではじめて史跡整備事業が文化庁と県の補助を受けて開始された。整備事業に伴う遺構発掘調査がなされ成果を上げた、出土遺物は、グスク系土器と須恵器が少量、中国製陶磁器や古銭などがあり、これらの出土品中最も多いのは中国製の青磁と陶器で、これらの中国陶磁からみると、15世紀から16世紀までのものがみられることから、座喜味城は護佐丸が1440年に中城城へ移った後も使用されたと考えられる。
遺構については一の郭の北側に間口16.58m奥行14.94mの石組が発掘され、この中に建物が建っていたと思われる。しかし瓦等は出土しない事から屋根は板葺か茅葺の建物であったと推定され、また一の郭内の南側では城壁を作る以前の柱穴群も発見され、出土遺物からそれほどの時代差はないものの、一の郭内において2つの時期の遺構が確認された。
城跡は第2次大戦において、一の郭内に日本軍の高射砲陣地が築かれ、戦後も米軍のレーダー基地が建設されたが、整備の始まった翌年返還された。城壁は1982年に修復を完了した。城壁の上に立つと首里・那覇をはじめ本島西側本部半島や東支那海に浮かぶ慶良間諸島・久米島・伊江島・伊平屋諸島が眺望出来る要害の地にある。

文部省・沖縄県・読谷村

入手した座喜味城跡のリーフレット

座喜味城跡
座喜味城跡パンフレット

入手した座喜味城跡のリーフレットには、説明板と同じような概要が書かれていた。
リーフレットには座喜味城跡のむかしと現在を比較できる写真が掲載されていて、わかりやすい史料となっていた。

座喜味城跡周辺のMAP

座喜味城跡
(所在地 沖縄県中頭郡読谷村字座喜味708-6)

■座喜味城跡までの距離(車の場合)
・読谷村役場…約 2.1km(07分)
・那覇空港…約 34.1km(57分)
・沖縄県庁…約 29.8km(49分)

観光情報についての参考サイト

座喜味城跡

読谷村観光協会

読谷村
公式サイト